猫にはなれない人生なので

せめて楽しく生きて死にたい

ないことにされた私の苦しみについての話


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※noteで書いたものを移しました。

 

 

私は怒っている。

なんて言葉から始めたら太宰治の真似みたいでちょっと面白いけど、私は本当に怒っている。

 

昨日、バイト先の喫茶店で働いていたときに起こった出来事が、私の怒りの着火剤になってしまった。から、その出来事について書いていきたい。

といっても、起こったこと自体は別に大したことじゃない。なんなら、なにも起きてない。急に殴られたり、水をかけられたりとかそんなことはされてない。ただ、お客さんに話しかけられただけだった。

 

私は喫茶店のホールのバイトをしていて、狭くて古い店だから、常連さんに話しかけられたり話しかけたりすることはよくあることだった。知らない人と世間話をしたりすることは楽しかったし、そういう人との関わりは喫茶店ならではって感じがして好きだった。

昨日話しかけてきた人は、おそらく初めて来た人で、いわゆるただの「おじさん」だった。少し偉そうで、根本的に女の人をバカにしていて、若い女の子と話したがる普通の「おじさん」。

私を「若い女の子」だと思って、「これ知らないでしょう?」っていうスタンスで世間話をしてきた。近くのガールズバーの話とか、喫煙所が減った話とか、大坂なおみ選手が勝ったとかのどうでもいい世間話。私はめんどくさいとは思いつつ、でも一応お客さんだから、適当に愛想笑いをしてたまに「へぇそうなんですか〜」とか言ってあげたりしていた。10分くらいしたら満足したのか、おじさんは帰っていったから私も仕事に戻った。

そしたら、その様子をカウンター越しに聞いていた同じバイトのAさんが、とても怒っていた。

「今の人は何?失礼すぎるよ。聞いてて本当にイライラした」と言ってきた。
「なんで普通に話してあげてたの?優しすぎるよ」とも。

そのAさんは本当に怒っている感じで、ほんとにイライラしているのが態度で分かった。

私は、その人が怒っていることに、とても大きなショックを受けた。

まずなにがショックだったかというと、自分があのおじさんに対して怒りを持たなかったことだ。だって、あの話しかけてきたおじさんは私にとっては日常のなかにまぁまぁいる存在で、今更怒るほどの人ではなかった。ほかの常連のおじさんにも、ああいう人はいるし、なんならもっとひどい人だっている。だから今更、怒りもしなかった。

けどAさんは違った。Aさんは韓国からきた留学生で、男性だ。そのAさんの目からみたあのおじさんは、失礼で、見ているだけでイライラするような人だった。私は、日本に長年住んでいるというバックグラウンドがない人からみると、あそこまで怒るようなことという事にとても驚いた。私からみたら、level2くらいのおじさんだったのに。

そして、自分が「嫌な当たり前」を内在化してしまっていることに気付かされた。怒ってもいいくらい失礼な態度を、失礼だと気づけないくらいになにかが鈍ってしまっている。

私は他の同世代の友人と比べると、女性差別についてのアンテナを張っている方だという自負があった。大学でフェミニズムについて学んだり、フェミニズムについての本を読んだり、女性差別をなくすために声をあげている人の活動に署名したりして、日本の埋まらないジェンダーギャップについて日々嘆きながら、何とかしないといけないと考えている。
それなのに、いざそういう場面に出くわすと、「わきまえた」態度をとってしまう。自分でも気づかないうちに「なにも知らない若い女の子」のフリをしてしまう。それがとても、悔しかった。

だから、そのあとにAさんに言われた、「そうやって優しくするからああいう人がつけ上がるんだよ、もっと嫌な態度をとらないとダメ」という言葉が、確かにそうだと胸に刺さった。

 

けど。
だけど、とも思った。

だけど、私はおじさんが怖い。
だっていざとなったら力では勝てない。店の中で手を上げたりする人なんていないかもしれないけど、そういう恐怖は心のどこかにはある。初めから威圧的な態度をとってくる人に、怒鳴られることも怖い。周りの人から見たら私はただのアルバイトで、若い女で、おじさんに強い態度をとって刃向かっていけるほど、強くはなかった。

私に失礼な態度で話すおじさんに怒ってくれるAさんの気持ちは、嬉しかった。「こういうもんだから」と我慢していたことに、怒ってもいいんだと気づかせてくれたことも嬉しかった。

けど、Aさんが「嫌な態度をとらないと」と言えてしまうことが悲しかった。そういう場面に遭遇した時、「嫌な態度をとる」という選択肢がすぐに出てくるのは、Aさんが男性だからだ。おじさんから威圧的な態度をとられたり、逆に過剰に褒められたり、絡まれたりすることが、日常では「ありえないこと」で、おじさんなんか怖くないからだ。そりゃもちろん、そうやって怒る人がいないからつけ上がるっていうのも事実だ。だけど、愛想笑いをして適当に流すというのは、私が日本で生きてきた中で身につけた、生きる術だったのも事実だ。

 

私はやるせない気持ちになりながら、Aさんに「確かに怒るべきだったかもしれないけど、あんなことはよくあることなんです」と返した。「ああいうおじさんは、よくいるんです」と。

もっとひどい常連のおじさんの話とか、私の周りの女の子の友達も同じような経験を普通にしていることとか、なんなら自分の父親にすらも、そういう面があることを話した。これが、ジェンダーギャップ指数が121位の日本の現実なんだと。

Aさんはそれを、信じてくれなかった。自分にない感覚すぎて、「ありえるわけがない」と言った。だから私は、最近あったオリンピック組織委員会の森元会長の話を出した。森会長の発言のあとに笑いが起きていたこと、あの差別発言のあとの会見の様子、そしてあの発言の全文を読んで、なにが差別的なのか気づかない人も少なからずいるという現実。

その問題について、Aさんは「あの会長は元々辞任したくて、差別だってわかってわざと言ったんじゃないの?」と言った。「そうでなければあんなこと

言うわけがないよ、韓国からみたらそう思ってる人が結構いる」と言った。
私はその発想にビックリした。そうか、日本で生きてきていない人からしたら、そんな風に考えるくらい「ありえないこと」なんだと本気で驚いた。私は、今の国を動かしているあの世代の男の人が、ああいう思想を持っていることに驚きはしなかった。まさか公共の場であんな発言するということには驚いたけれど。

Aさんは私が、大袈裟に話しているんだと勘違いをしたようで、「まあネットの世界は狭いからね」と言った。「ネットの中でそういう差別を見て、それが日本だと思ってるんじゃない?」と。

 

違う。私はずっと、現実の話をしていた。
ネットの世界が狭いことは確かかもしれないけれど、それはAさんとは逆の意味だった。私が見ているネットの世界では、ジェンダーの多様性をうたっている人がいて、女性差別について問題化されることもよくある。だけど現実には、苦しみがまだまだ存在する。まさについさっき、おじさんの失礼な態度でそれを目の当たりにしたAさんなのに、それを信じてはくれなかった。ああそうか、感じることができない痛みは、痛みだと知ることはできないのかと、もうそれ以上何も言えなかった。

 

 

わたしはバイトの帰り道、言葉にならないモヤモヤがお腹の奥でうごめいているのを感じた。重たくて、嫌な塊が喉までのぼってきて苦しくなった。

 

そこでようやく気づいた。これは、怒りだ。

 

そう気づいた途端、堰を切ったように涙が溢れ出てきて、声を出して泣いてしまった。そして頭に、今まで何事も無かったかのように押さえ込んでいた色んな「苦しみ」が、どんどん浮かび上がってきた。

街を歩いてるだけでぶつかってきたり怒鳴ってきたりしたおじさんがいたこと、女だからといってドリンクを作らせてくれなかった前のバイト先、電車の中で痴漢された時のあの気持ち悪い感覚、それを話した時に「お前を痴漢する奴なんている?」と言われたこと、私を可愛いか可愛くないかで判断する品定めするようなあの目、無理に思い出さなくても、止めどなく出てきた。

 

全部全部繋がっていた。
このひとつひとつの小さな苦しみは、消えたわけじゃなくて、私の心のどこかに塵のように積もっていただけだった。それが怒りというひとつの形になったのを、私はその日に確かに感じた。

 

私は、私に話しかけてきた失礼なおじさんと、私の苦しみをないことのように言ったAさんに怒っているんじゃない。いやもちろん腹は立ったけれど、彼らに怒りをぶつけたいわけじゃない。だって、私が男として生まれてこの国で育ったら、同じようなおじさんにならなかったとは言いきれないから。別の国で育った男性だったら、自分が知らない痛みを差別だと理解できたとは言いきれないから。

 

”The personal is political.”

個人的なことは政治的なこと。フェミニズム運動のスローガンとなった、私が好きな言葉だ。

 

この日にあったことは、たまたま嫌な人にあたって、たまたま嫌な目にあっただけのことじゃない。私が気にしすぎだったと忘れたら、二度と起きない事なんかじゃない。これは社会の問題だ。性別が違うだけで、こんなにも立場が変わってしまうような社会はクソ社会だ。絶対に変えていかなければいけない。

けれど私は、そんなバカでかい敵を目の前にして、まだ戦い方を知らない。だけど確かにここに苦しみがあって、戦わなければいけない理由がある。

この怒りを、忘れてはいけない。

そう強く感じた1日だった。